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テストの答案用紙は地図の裏面だった! [etc.]

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小学校2年のときのテスト答案が5枚ほど出てきました.なんでこんなものが残っているのか,それはこの用紙の裏面,というより本来の表面を大切にしたかったからです. 
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それは裁断された日本の1/25000多色刷り地図で,すべてローマ字表記です.
小学校の低学年で通っていたのはキリスト教系の学校でした.進駐軍が持っていた地図を処分する際に紙がもったいないので私学などに配布したのではないかと考えられます.
 
海外滞在から戻った小学校高学年からはずっと公立の学校だったので,学校のプリントといえばずっとわら半紙でした.この地図の用紙は白いしっかりした紙でわら半紙より品質がよいのです.裁断された紙の大きさは約330mmx204mm,ということは13 in x 8 in の変則的なインチ規格のようで,これで謄写版印刷したということは特殊なフレームがあったのでしょうか?
 
当時多色刷りの地図といえば地図帳か市街地図で,家にあった国土地理院の地図はもちろん単色刷りでした.そんな時代に多色刷りの地図を眺めることは未知の世界を探索する大きな楽しみでした.地名はローマ字表記なので漢字がつかめず,さらに1/25000の断片ではそれがどこなのか探し出すこともほとんどできませんでした.でもいずれどこかは突き止めたいと残してありました.いまは便利なネットマップがあるので割出は容易です.地図面にはいたずら書きも多いので,部分を少し拾ってみたいと思います.
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これが唯一関西育ちとしてはわかりやすい場所です.大阪の貝塚市周辺です.水間鉄道,南海電鉄,阪和線がありますが,阪和線は阪和電気鉄道を記されています.いまは海岸に埋め立て地が広がり,下部の先には関西国際空港がある場所です.
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宮崎県都城市の吉都線谷頭駅周辺です.東側に飛行場が見えますが,現在は牧場になっているようです.
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鹿児島県霧島市で,肥薩線に入った西光寺あたりです.
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宮崎県日向市細島です.今はない細島線が日豊本線の日向市から出ているのがわかります.また中央にある牧島は北側の埋め立てが進んでいるようです.
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最後は福岡県田川市の田川後藤寺駅周辺です.JRの日田彦山線,後藤寺線,平成筑豊鉄道の糸田線が接続する駅です.西に延びる後藤寺線は産業セメント鉄道,北に延びる現糸田線は宮床線と記載されているのが興味深いです.駅も現在の糸田近くが宮床駅になっています.
 
今もどこかに原図が残っているのかもしれませんが,詳細なローマ字表記の日本地図を米軍が戦中から用意していたことも驚きです. 
当時としては貴重な多色刷り地図は見ていて楽しく,日本地図にもかかわらずローマ字表記なので場所が特定できずに随分と空想をひろげることができました.フリーランスな仮想鉄道を考える原点だったかもしれません.

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